<博士論文>
見かけの面積変化に伴う動きの錯視の知覚範囲と表現効果に関する研究

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概要  動きの錯視の研究は最近になって視覚心理学の分野で研究が進めらるようになったが、一般的に知られている動きの錯視事例、および研究者の関心の対象は、平面上における眼球運動に伴う動きの錯視に目が向けられている。また「見かけの面積変化に伴う動きの錯視」の研究については、一部の視覚心理学研究者による実験的研究は進められているが、複雑な諸々の要因が含まれるため理論的な解明には至っていない。
 主な研究目的および...内容を以下に示す。(1)見かけの面積変化に伴う動きの錯視に関わる基本的な表現要素を整理したうえで、基礎実験として縞の識別と動きの錯視の表現効果との関係を視力との関係で明らかにする.(2)見かけの面積変化に伴う動きの錯視の知覚範囲について、作品側の主要素である縞幅と、見る側の要素である視点距離および視点移動速度との相互関係における要素別の実験を通して、動きの錯視が起きるための条件としての知覚範囲を明らかにする.(3)最も効果的な表現要素の理論値を、縞幅の絶対値としての視角の換算値から求め、筆者が感覚的に制作をしてきた1990年以降の「ゆらぎ」をテーマとした作品の表現要素と比較検証する.実験から導き出された結果は、制作への反映として、表現目的に応じた視点距離に対応する動きの錯視表現のシステム的な制作展開のための基礎資料とする。
■見かけの面積変化に伴う動きの錯視とは
 縞と縞、あるいは縞と板のエッジなど、互いに刺激し合う関係にある対象物間においては、知覚対象のエッジ部分が互いに強調し合う関係にあり、面積変化という見かけの融合が起きる。このエッジの強調効果と互いに重なり合って見える見かけの縞幅、板幅、板厚などの面積変化は、動きの錯視の基本要因となり、さらに見る人の視点移動が伴うことによって、交互に繰り返される面積変化となり、実際には動いていない対象物が動いてに見える。本研究では、このような錯視現象を「見かけの面積変化に伴う動きの錯視」と呼ぶ。
■研究内容と結果
1.見かけの面積変化に伴う動きの錯視の表現要素
○作品側の表現要素:地板の縞とその縞の識別の可否、および縞上に配置した垂直板や水平板等の対象物の2つの表現要素の組み合わせが必要である.
○見る側の要素:視力、視点位置、視点距離、視点移動速度などがあげられる.
○作品側の表現要素との複合的な要素:単位時間あたりに横切る縞のピッチ数は作品の表現特性を左右する要因。
2.視角による縞幅の算出を基準にして作成した縞視力表の有効性
○視力0.9以上の矯正視力の範囲内において、また縦縞が基本となる本研究では有効である。
○制作上の縞幅決定には視点距離に応じた設定が可能であるため非常に有効である。
○交通標識、広告やサイン等の文字表示サイズへの応用にも活用が可能である。
3.縞の識別と見かけの面積変化に伴う動きの錯視の知覚範囲の比較
○全く縞が識別できない位置からでは、動きの錯視を知覚することはできない。
○動きの錯視の知覚範囲は、縞の識別可能範囲より広く、その差を視角の換算値から視力に置き換えると、被験者の視力が0.9以上の場合において、縞の識別と動きの錯視の知覚範囲の差は約1段階の視力値の差である。(例えば参考視力1.0の被験者の場合、視力値1.2に相当する縞幅における動きの錯視を知覚することができる)
4.見かけの面積変化に伴う動きの錯視の知覚範囲
○動きの錯視の知覚範囲の下限値は、視角29″から25″である。
 (視点距離3メートルでは、縞幅に換算して約0.42ミリから0.36ミリである)
○動きの錯視の知覚範囲の上限値は、下限値のような明確な結果は得られなかったが、視角12′から13′前後が動きの錯視を知覚しにくくなる目安の値である.
 (視点距離3メートルでは、縞幅に換算して約10ミリから11ミリである)
○動きの錯視の単位時間あたりに横切る縞ピッチ数における知覚範囲の上限値は、約23ピッチ/秒であり、連続パターンに見え始める限度のピッチ数である。
○動きの錯視の単位時間あたりに横切る縞ピッチ数における知覚範囲の下限値は、静止した状態であるから0ピッチ/秒であるが、現時点での結果では極限値は得られていない。
5.見かけの面積変化に伴う動きの錯視の最も効果的な表現要素
○縞幅の視角の換算値:2′前後から4′以内が最も効果的な縞幅の絶対値である。
 縞幅に換:算して(1.2ミリから2.3ミリ/視点距離2メートル)
         (1.7ミリから3.5ミリ/視点距離3メートル)
○単位時間あたりに横切る縞のピッチ数:3ピッチ/秒から6ピッチ/秒の範囲が効果的である。
※理論値と1990年以降の筆者の「ゆらぎ」作品の表現要素との比較検証した結果、理論値と作品の表現要素が一致していることがわかった。
■今後の展開
 今後の研究課題として、明確な結果が得られなかった項目に対して設定項目を新たに加え、縞幅の上限の知覚範囲、および単位時間あたりに横切る縞のピッチ数の下限の知覚範囲について、同じ条件下で再調査を行い、詳細の知覚範囲を明らかにしたい。また作品側の表現要素では、垂直板の高さや色の効果の確認など、動きの錯視に影響すると思われる表現要素と視覚効果の相互関係についても明らかにしていきたい。
 今後の新たな研究内容として、単眼と同様の表現要素について、両眼での視覚効果の比較考察を行った上で、表現効果の違いだけでなく両眼による複合的に関係する新たな視覚現象についても探っていきたい。一方で、近距離表現における作品展開への反映に加えて、遠距離での表現の可能性を探り、サインなどへの応用を視野に入れた開発研究にも取り組みたい。
 本研究の成果および「ゆらぎ」をテーマとした作品の見かけの面積変化に伴う動きの錯視の表現効果が、今後の視覚心理学の研究分野の研究題材として、あるいは芸術表現だけに限らず、様々な分野にわたって活用していくことができる充実した研究内容に発展させていきたい。
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詳細

レコードID
報告番号
学位記番号
授与日(学位/助成/特許)
部局
登録日 2009.08.13
更新日 2020.11.16

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