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<その他>
青柳喜久代
ヨミ
アオヤギ キクエ
編者
花田, 俊典
スカラベの会
データベース名
スカラベ人名事典
人物詳細
1913(大正2)年、福岡県生まれ。社会運動家。のち結婚して塚原姓となった。永末清作の回想「青柳喜久代のこと」(治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟福岡県本部「福岡県版 不屈」第75号、平11・11)によると、青柳喜久代は喜兵衛の妹で、福岡県立高女に在学中にモップル(犠牲者援護会)の運動に参加し、昭和七年、父喜平の死を機に姉と一緒に上京。兄喜兵衛の家に寄食し、全協東京支部オルグとして活動した。浅草署の留置場で伊藤律の前妻新井静子と知り合い、ゾルゲ事件にかかわることになったという。戦後は東京中野区議に3期当選し、昭和43年4月8日、議員在職中に死去した。享年54歳。ちなみに永末清作は「青柳喜久代についての調査を(尾崎秀樹が)ないがしろにして、兄嫁の須磨子と同一人物としてもおかしくないような論法で、根拠もなしに、青柳喜久代が先に北林トモのことを供述し、それが伊藤律の供述によって総合的な判断をくだされたのだとするのでは、あまりに粗雑にすぎるのではないか」と述べている。
関連情報
https://www.lib.kyushu-u.ac.jp/ja/collections/q_fukukin_bio
詳細
レコードID
441437
権利情報
スカラベ人名事典の人物詳細の著作権は、それぞれの執筆者に属します
登録日
2013.08.16
更新日
2020.10.26