| 注記 |
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今日,イギリス,フランス,ドイツ,オランダなど欧州共同体(EC)では,農産物の過剰と農業環境の悪化が深刻である.域内優先を原則とする共通農業政策(CAP)のもとで価格と市場を保証され,EC農業は近年急速に生産力を高めてきた.その結果,現在ではEC域内の有効需要を上回る農産物を供給しうるほどになった.この域内需要を上回る分をそのまま域外に輸出できれば問題はない.ところが,ECの農産物価格は世界市場価格を上回るため,輸出業者は補助金なしではそれを輸出できない.やむなくECは世界市場に補助金付き輸出で参入し,そこで先発の農産物輸出国と貿易摩擦を引き起こす.1986年に始まった関税貿易一般協定・新多角的貿易交渉(ガット・ウルグアイ・ラウンド)の農業交渉で最大の障害となっているのは,このECとアメリカの農産物輸出補助金をめぐる対立である.また,EC内部においても,農産物の価格支持,過剰在庫の貯蔵や管理,域外へのダンピング補助などに多額の財政資金を費やすことに納税者の不満が高まっている.かくして,ECの政策当局者はいま,いかにして過剰を削減すべきかに頭を痛めている(柘植,1990b).ECではこのような過剰問題のみならず農村の環境破壊も深刻である.CAPのもとで農業の集約化が進展し,圃場が大型化され,土地改良が進み,農薬や化学肥料の利用が増大した.その結果,伝統的な農村景観が破壊され,野生生物の生息地が損なわれ,食料や飲料水の汚染が進んだ.このような集約的農業にともなう環境破壊は,ECの環境保護団体やマスコミによって大きく取り上げられ,いまや一つの社会問題となっている(Baldock and Conder,1986).農業関係者や農政当局も,もはやそれを無視することはできず,農業活動や農業政策の見直しを余儀なくされている.すなわち,環境を破壊しない農業,あるいは環境にやさしい農業(environmentally friendly farming)をいかに実践していくのか,ECでは現在そのことが問われている(福士,1991b).過剰問題と環境破壊,この両者は高投入・高度出型の集約的農業のもとでほとんど同時に生じた現象であり,互いに密接な関連がある.そのため,近年ECでは,生産の組放化,耕地のセット・アサイド(休耕),農地の林地化など,過剰を削減しつつ環境保全をはかる政策が採られつつある(Potteretal et al.,1991).ところで,このような農業と環境を同時に視野に入れた政策は,今日わが国では「農業環境政策」と呼ばれている(福士.1990;和泉.1989;神山.1991).経済協力開発機構(OECD)のレポートはそれを「農業政策と環境政策の統合」などと表現している(OECD,1989).イギリスのESA計画(Environmentally Sensitive Area Scheme)もそのような統合の一例である.農漁業食糧省(MAFF,1990)によると,現在イギリスでは,全国で19地域がESAに指定され,その総面積は約79万ha(総農用地面積の4.3%)に及んでいる.ESAでは,農業者は環境保全に配慮した農業活動を行う見返りとして政府から一定の交付金を支給される.そして,これに要する資金の一部はEC財政によって負担される.すなわち,この計画はCAPの一環としてECで公式に認められた政策であり,EC農業環境政策の一つである.ところで,わが国では,このESA計画を部分的に紹介した文献はいくつかあるが(福士,1991a;和泉,1989;嘉田,1990;宮崎,1991;柘植,1990),それを本格的に分析した研究はほとんど見当らない.そこで,本稿の目的は,このような政策がイギリスで登場してきた背景および経過,その概要と実施状況,さらには政策の評価と問題点などを明らかにすることである.
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