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過去70年間における本邦の水稲生産量は飛躍的に上昇して今日に至つているが,その間の発展の歴史を振り返つてみると決して単調ではなく,時代と共に幾多の変遷をたどり,また地域によつて非常に異なつた傾向を示している.一方生産量の年々の変動は生産技術の進歩した今日においても,尚著しいものがあり,生産に関与する自然環境の重要性は決して見逃すことは出来ない.本研究は全国的な立場から水稲生産力の長期変動並びに短期変動と農業気候学的諸要素との関連性について,主に統計学的な手法を用いて解析したものである.本報告[I]は水稲生産力の長期変動に関するものである. 1. 水稲生産力の発展過程を府県別に調べてその地域性を倹討した結果,定性的には3つの類型に大別し得ることがわかつた(第2図).また,これらの類型は北部の類型Iから南部に行くにしただつて順次II,IIIへと,かなり組織的に推移していることが認められた. 2. 水稲生産力の長期傾向に関して理論的な変動方程式を導入することを考え,代表的な生長曲線であるlogistic曲線((2)式)の適用を試みた.先ず全国の場合について求めると第7図に示したように,その適合度は非常に良く明治中期の増加速度を最大として,それ以後次第に減少傾向を示して今日に至つていることがわかる.次に全国を便宜上10の地域に区分して,夫々地域別に求めた結果は第8図-第17図,第4表-第13表に示したようになる.適合度に関する有意性の検定結果は何れも危険率1%以下で,logistic曲線の適用が認められた. 3. logistic曲線によつて求められた傾向値の地域的な特徴を概括すると,最も寒冷地である北海道においては,反当収量が最も低く,また発展の速度も最も緩やかで,いわゆる内地とは異なつた傾向を示している.これに比べ北海道に次いで寒冷な東北あるいは東北等では統計期間初期の低い生産力の位置を脱して,飛躍的な発展を遂げ,最近では最も高い生産力地域となつている.一方暖地においては初期の高い生産力にも拘わらず,発展の速度は緩やかで,その停滞性が著しく,特に近畿においては最近殆んど増加の傾向を示していない(第18図).次にlogistic曲線の性状を利用して増加傾向の地域性に関する客観的な比較を行なつてみると,第19図に示したように,logistic曲線全経過の中のどのような位置を,どのような速度で経過しているかがわかる.即ち特別な場合である北海道を除いては,東北が最もlogistic段階の初期に属し,逆に近畿が最も後期の段階に相当し,その他の地域はその中間において夫々異なつた段階を示している. 4. 第24図は傾向変動から算出した推定反収と積算温度(10℃以上の日の年間積算値)との関係を統計期間初期と終期について夫々求めたものあるが,統計期間初期においては暖地程生産量が大で,積算温度との関係はほぼ直線的になつているが,より最近の傾向としては北海道を除いては反対となり,水稲作に関する限り,寒冷地の生産力の方が大となつているのが現在の状況である.次にlogistic曲線増加速度に対する抵抗常数b((2)式)と積算温度との関係を求めると,第25図に示したようになり,寒冷地に比べ暖地では著しく大となつており,これらの間には(28)式で与えられるような指数関係が成立する.また概してこれらの抵抗は太平洋沿岸域に高く,日本海沿岸域に低い傾向がみられる.
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