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本研究は玄海灘沿岸に広く分布するマテバシイ林を,経済林,環境保全林として取り扱っていくうえでの基礎的資料を提供するため,植物社会,立地環境,一次生産特性という見地から解析した.本研究の結果の概要は以下のとおりである.1.マテバシイ林の種組成と成立環境(1)既存の文献によるマテバシイ林の社会は,一括して二次林として扱われており,表徴種群の欠落のためにその性格は明瞭でない.(2)常緑広葉樹林低部域に出現する種の量的出現度合いをもとに,クラスター分析により解析した結果,マテバシイは特定の随伴種を持たず,マテバシイ林は高木層優占種のみで他の林種から区分された.また,林床に特異的な要素が見られる林分から,特異性を持たない典型マテバシイ群落と言える下位群落の区分が可能であった.(3)地形,温度,土壌,海岸比距等の要因をとりあげ,それぞれについてマテバシイ林の分布規制要因に成り得るかを検討した結果,土壌の保水性が他の林種に比較して乏しい傾向がみられた.さらに,主成分分析により総合的な環境の中での各因子の有効性を解析した結果,若干の乾性立地の傾向がみられたが,分布を規制する要因は抽出できなかった.これらの結果から,マテバシイ林の成立には人為的な要因が大きく影響していることが予想された.2.マテバシイ林の一次生産特性(1)長崎県北松浦郡の34年生マテバシイ萌芽林の現存量と生長量の標本木伐倒により調査した結果,地上部現存量は214ton/haで,このうち葉は9.70ton/haであり,ほぼ同樹高のスダジイ林と比較して大きな値を示した.(2)生産構造をみると,葉層は非常に薄いが密度は高く,ほとんど幅1mの層に集中していた.このため相対照度は葉層に入るとすぐに激減し,林冠下部以上では,1.6~2.0%で推移した.(3)樹幹解析の結果,調査林分の材積は320m^3/haと推定された.また直径生長は10年でピークを示し,その後漸減する傾向にあった.また,1~2年目に著しい伸長生長がみられ,萌芽生長の旺盛さを示した.材積生長では,DBH<10cmの萌芽幹とDBH>10cmの萌芽幹との間に違いがみられ,前者は特に生長速度にピークを示さず,後者は23~25年目にピークを示した.さらに,標本とした各萌芽幹齢が一定でなく,必ずしも初期の萌芽が残存するわけではないことが予想された.(4)L.A.I.は4.8(ha/ha)とシイ林に比較して小さい値を示した.また,吸光係数は0.82と広葉草木群落並みに大きかった.ただし,相対照度と積算L.A.I.は必ずしも比例せず,林冠上部では0.21という小さい値を示した.これはマテバシイの着葉形態によるものと考えられた.(5)マテバシイ林では,生長にともない下層植生が貧化する傾向が認められた.この傾向は,高木層で更に競争が起こり,林床の光環境が改善されるまで続くものと予想された.
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