注記 |
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現在,わが国において,農産物の輸入自由化をめぐって活発な議論がある.日米間の貿易摩擦の解消の手段として,農産物輸入制限枠の拡大,さらには枠そのものの撤廃要求がある.また,食糧管理制度にともなう累積赤字(1980年時点で8,000億円強)を背景に,NIRA(総合研究開発機構)報告に代表される考え-農産物価格支持を撤廃すれば,農地流動化が進展し,経営耕地規模が拡大して,農産物の生産費が低下するという考え(総合研究開発機構,1981)-も,究極においては,わが国農業の保護の撤廃をねらってのことである.農産物貿易の保護か自由かは古くて新しい問題であり,かつてイギリスにおいて,この問題をめぐり活発な議論が行なわれていた.いわゆる穀物法(Corn Laws)論争がそれである.穀物法とは,穀物,すなわち,小麦,大麦,エンバク,ライ麦,麦芽,ピース,ビーンズ,トウモロコシからなる穀物の①国内交易-買占,転売の禁止,パン価格の公正化等-の規制,②輸入調整および③輸出調整,にかかわる法律群である(Barnes,1961,p.xiv).穀物法の起源は古くは中世にまでもさかのぼりうる-最初の立法化は1436年といわれるが,穀物規制はそれ以前から行なわれていた-けれども,とりわけ輸入調整が重要になるのはイギリスが産業革命を経過する過程で,穀物の輸出国から輸入国へ転化する時期である.この時期に,穀物関税の是非をめぐって,穀物法の撤廃が約束するものは"穀物価格の低下→国内農業の衰退→工業品への需要の減少であり,少数の貿易業者を除く他のすべての階級の利益の減少である"として保護関説を主張するマルサスに代表される説と,"穀物価格の低下→賃銀の低下→利潤の増大→蓄積の促進→雇用の増大・賃銀の上昇"が穀物法の撤廃よって得られるとするリカードに代表される自由貿易を主張する説とが対立し,議論が展開されるのである(大阪市立大学経済研究所編,1971.372貢).穀物法論争を経過するなかで,結果として,自由貿易論者が勝利を得,穀物法が撤廃されるのであるが,自由貿易論者が勝利を得た社会・経済条件-後述するコブデンやブライトらの反穀物法同盟(Anti-Corn-Laws-League)に市民・労働者階級が結集する理由等-,あるいは,また自由貿易論者,たとえば,A.スミスやD.リカードの農業観・農業展望等は興味あるかつ重要な課題と思われるが,これらは今後の課題として,本論では,穀物法の撤廃によってイギリス農業はいかなる影響をうけたか,また,それらイギリスの経験から何を学ぶべきか,これらの点について概略的にすぎないけれども考察してみたい.別の言葉でいえば,農産物の自由貿易の結果はどうであったかを明らかにしたい.わが国農業の将来展望に関して,イギリスの経験は一つの実験として参考になると考えるからである.
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