<図書(部分)>
宗像大宮司と日宋貿易 : 筑前国宗像唐坊・小呂島・高田牧
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概要 | 本稿は宗像大宮司一族の日宋貿易に関わって, 唐坊, 筑前小呂島、そして高田牧を考察する。まず唐坊はチャイナタウンの意味で, 九州沿岸にいくつものトウボウ地名が残る。ここでは考古学的知見をふまえて, 宗像郡津屋崎(福津市)所在の唐坊について明らかにする。次に小呂島については宗像郡から西方, 壱岐を経て宋に到る海上ルートの重要性を指摘したい。高田牧については, 従来その実像が不明であった。高田牧を究明...するなかで, 宗像郡よりの日宋交易ラインを明らかにできよう。これまでの日宋貿易研究の主流は, 博多一元論であった。すべての来着船は博多に曳航されたという。魚船が肥前神崎荘, 杵島荘, 薩摩島津荘などに来着した記事がある。それらの荘園は博多の別称であるか, 着岸後の博多曳航を意味するという。あまりに不自然である。筆者はこれまでも一元論への反証を提示してきた。本稿でも, 博多一元論で語られてきた日宋貿易像とは異なる像を提供したい。続きを見る |
目次 | はじめに 1. 宗像郡津屋崎唐坊(唐房) 2. 筑前国小呂嶋 : 宗像ラインの生命線 3. 大宰府直轄の高田牧 4. 高田牧の根本所在地 : 在自唐坊と牧口明神 5. 海の武士団, 兵藤一族と宗像氏 : 高田牧司藤原蔵規の末喬 まとめ |
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登録日 | 2012.04.27 |
更新日 | 2019.09.26 |