注記 |
|
隠岐島は, 島後と島前からなり, 前者は一つの大きな陸塊が中心になつているが, 後者は四つの小島の集合からなりたつている. これらは島根半島の沖, 30~40マイルに位置し地形的には該半島に連なるものである. その間の海の深さは200m以下で, 地質学者は洪積世の終りまで, これらの島は本土と陸地で連なつていたと考えている(湊,'54). 島後の内の主島の広さは246km2(東西18km・南北20km)で, 沖積平野は少く, 島全体が起伏の多い地形をなしている. 最高峰は焼火山(451.7m)で, その森林景観はシイ・カシの極相であるといつてよい. 島前は, どの島も地域狭小で, 高い山はなく, 植物相は貧弱である. 今回アカネズミを採集した西島は58km2の島で, その採集地点浦郷は耕地と耕地保護林からなる単純な環境であつた. 島後の哺乳動物は, 最初にAndersonによつて採集され, それが大英博物館のThomas('O5)によつて記載された. この際の採集物は, コウベモグラMogera wogura kobeae 16頭, ヒミズモグラ Urotrichus talpoides 1頭, ジネズミ Crocidura dsi-nezumi 1頭, オキアカネズミ Apodemus speciosus navigator 6頭, オキヒメネズミ Apodemus geisha celatus 4頭, オキノウサギ Lepus brachyurus okiensis 3頭であつた. そのうちで, オキアカネズミ, オキビメネズミ, オキノウサギはそれぞれ新亜種として記載された. つぎに徳田は, 1932年に同島の小哺乳類を採集し, その採集品について分類学的研究を行つた. その際に採集された種類は, クマネズミ Rattus rattus 1頭, オキビミズモグラ Urotrichus talpoides minutus 2頭, オキアカネズミ2頭, オキヒメネズミ1頭, オキスミスネズミ Anteliomys smithii okiensis2頭であつた. オキアカネズミとオキビメネズミに関しては, Thomasの記載を確認し, またヒミズモグラとスミスネズミに関してはその亜種的特徴の著しいことを指摘し, それらを新亜種とすることを提唱した(徳田,'32). 植物や哺乳類以外の動物の中にも, この島に産するものが分類学的に区別された例があるが, そのうちで佐藤井岐雄('40)によつて紹介されたオキサンショウウオ Hynobius okiensis はとくに著しく目立つものであつた. 隠岐島の動物や植物は, しばしば同地に特産のものとして取扱われたが, それらは分類学的に本土に産するものと密接な類縁性のあるものばかりである. 従つて前者は後者よりも分れて亜種化 (subspeciation) あるいは別種化 (speciation) の過程にあるものと考えてよい. 亜種化あるいは別亜種化の起る原因の一つとしては地理的隔離(geographical isolation)があると考えてよいが, それは外因である. 内因としてはそこに産する生物の生活の特殊性をこそ問題にしなければならぬ. さきに少しく触れたように島前・島後の島々の自然環境は単純であり, 比較的に複雑な島後においても森林景観は一つの極相としていいあらわすことができるような単純性をもつている. 哺乳動物相として見た場合に, 島後においてはウサギ, イタチ等が比較的に大形の哺乳類を代表し, それ以上のものはいない. 本土においては普通であるイノシシ, シカ, テン, キツネ, アナグマ, タヌキ等をそこには産しない. Thomasおよび徳田がさきに紹介した哺乳動物以外に, イタチとヤマネを島後に産することが確実であるが, いずれにしても同地の哺乳動物相は貧弱である. もちろんそれは分類学的観点からする同島の自然環境の記載に過ぎないが, 同島における生物の亜種化や別種化の問題を研究する際には, こういつた哺乳動物社会の要素の貧弱性という点がまず考慮されてよいと思う. 今回の研究は, 亜種化や別種化の過程そのものを対象としたものではなく, むしろそこへ到達する前段階的な研究を行つたものである. そのために, 従来の形態的研究をいつそう深め精密化しておく必要があると思つたので, その方法について一つの試みを行つた. 1956年11月に, 平岩・徳田・内田等は伯誉大山および隠岐島で小哺乳類を採集し, それらの採集物について詳細な比較研究を行つた. この際に烏取大学医学部の酉田弘氏も同行し, 小哺乳類に附着する外部寄生虫を採集した. さらに同医学部の長花操教授の御厚意により山陰地方一帯で近年採集された莫大な数の液漬標本について自由な研究を行うことが許されたので, この材料は主として頭骨や歯紋の比較研究資料に供した. すべての材料を統計的に取扱うことを念頭において計測を行い, これらのデータについてその統計学的吟味を併せ行つた. 哺乳類の外部形態は液漬標本で計測すると非常に不正確になるので, 隠岐産のものとの外形比較は, 徳田が1952~1953年に比叡山で, また1952年に上高地(徳本峠)で採集した標本類が主な材料として用いられた. この点で本研究はいくらか一貫性を欠くものとなつたが, 論文の目的が形態に関する吟味をいつそう深める方法を問題にしている点に読者が留意され, 批判をしていただければわれわれは非常に幸である.
|