<学術雑誌論文>
〈他者の言語〉を〈自己表現言語〉として引き受けるということ : 〈跨境的な生〉の実践をめざして

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概要 本稿の目的は、<跨境的な生>と<自己表現言語としての日本語>という2つのコンセプトを核とし、日本語教育の新たな在り方を提唱するところにある。本稿が提案する<跨境的な生>とは、<母語>と、母語以外の<他者の言語>という2つの言語を<自己表現言語>として<等しく>引き受けんとする構えのことである。すなわち、母語でない目標言語も、母語と同一の<自分の言語>にするということであり、これは「外国語」をどこま...でも他者からの<借り物>として扱ってきた従前の言語教育に著しく欠如していた視点と言いうる。本稿が志向する言語教育は、<他者の言語>を<他者の言語>のまま<借り物>として扱うのではなく、<他者の言語>を<自分の言語>、すなわち<自己の所有物>として引き受けることを目指すものである。しかし、こうした視座に立ったとき、大きな桎梏となるのが、<母語話者信仰>というアポリアである。無批判に母語話者を「崇拝」し、当該言語に関わるあらゆる側面において、非母語話者をいかなる母語話者よりも下位に位置づけようとする<母語話者信仰>は、学習者の学習意欲を沮喪するのみならず、<跨境的な生>の実践を阻碍する<病>である。本稿は、こうした思想を批判し、<母語話者信仰>が跳梁跋扈する言語教育の現状を打破すべく、筆者が行っている日本語教育の姿勢をひとつの実践モデルとして提示する。そこで重要な点は、学習者を母語話者教師と対等な日本語話者として扱わねばならないこと、韓国語母語話者としての驕慢さを剔抉すべきこと、<翻訳>という作業を重要視すること、教師自身が<跨境者>としての生を実践すること、などである。続きを見る

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登録日 2016.10.16
更新日 2020.10.07

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