<紀要論文>
宮沢賢治テキストにおける批判の様相

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概要 宮沢賢治テキストにおいてある種のユートピアを追求する志向が表現される一方、現実へ向かう批判の視線もしばしば見られる。この相反する二つの要素が時には分離し、時には交差し、宮沢賢治テキストの複雑な様相を見せた。しかし、「ユートピア的夢想と他の夢想とを区別するものは、現状に対する批判、風刺の衝動であり、それがある場合には積極的な反対物の提示となり、ある場合には現実のあべこべのイメージとなる」、と川端香男...里が主張したように、ユートピアを追求することと現実を批判することとは基本的には一つの問題の表と裏の両面だと考えられる。宮沢賢治テキストに見られる相反する二つの指向も一つの有機体の両面であると言えよう。したがって、ユートピアのアスペクトを究明するには、その反対側の現実批判の様相を明らかにする必要がある。本論は、この必要性に応じ、いくつかのテキストを取り上げ、そこに現れた批判の具体的なベクトルや方法を考察する。
In this essay, I discuss forms of critical comment apparent in a number of Miyazawa Kenji's texts. I identity two patterns of criticism present in the texts, in the form of the direct and inverted gaze. These two patterns, however, are not necessarily antithetical, but rather complementary to one another, forming a multi-faceted critical style. The criticism is not limited to the level of the individual, but is also directed towards the environment and institutions which formed him or her. I also identify the presence of a tendency to violence in the objects of Miyazawa Kenji's criticism. It is clear that the move from reliance on others to reliance on oneself is seen as a method of solving the problems posed in the stories.
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登録日 2009.12.25
更新日 2019.09.05

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