<博士論文>
構成教育の史的研究 : イギリスの基礎デザイン運動 : ビクター・パスモアとリチャード・ハミルトンの教育

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概要 本論文は、1954 年から66 年までニューキャッスルのダーラム大学キングス・カレッジでビクター・パスモア(Victor Pasmore,1908-)とリチャード・ハミルトン(Richrd Hamilton,1922-)によって設立、運営された基礎コースの発展を後づけなものである。ニューキャッスルのコースは、戦後のイギリスの美術教育思考を急速に現代化した基礎デザイン運動の一つのモデルであり、コール...ドストリーム・レポート(1961)による美術学校への基礎教育(前ディプロマ課程)の導入という制度的な支援を明確化した基礎デザイン運動の一つ の「緩やかなモデル」を代表している。それはまた、伝統的に新しいものを拒否し続けてきたイギリスの美術をヨーロッパのモダニズムと統合する典型でもあって、同時に遅れてきたイギリスの美術教育を結果的に急速に現代化した。 本研究は、広義の美術教育における基礎教育、すなわち日本ではバウハウスの基礎教育を昭和の初期に導入した構成教育の歴史的展開という視点から検討したものである。わが国では昭和30年代以降のデザインの発展とも相まって、構成教育は小中学校の図工・美術 教育からデザインを専門する各種学校や大学まで、幅広い造形の基礎教育として定着していった。しかし、この構成教育には平面・立体構成という題材に見られるように、その抽象的な練習が冷たく、子どもの生活感情を害するという批判、あるいはバウハウスやデ・スティールの焼き直し的なものという評価がみられるが、これはイギリスの基礎デザイン教育においても共通する。現在の平面構成や立体構成がバウハウスで行われた基礎造形教育に比べて、固定化され、矮小化され、魅力のないものにされているのはなぜか。その主な理由は、「構成教育」の本質的な問題にあるのではなく、それが制度として美術教育に持ち込まれる時、すなわち教育化された時に生じる問題である。固定化が生じるのは、教育自体が持つそのような性質にもよるが、指導者の力も大きいと思われる。したがって、研 究の目的の一つに、美術家の芸術観がその教育にいかに影響するかを検討することをあげた。今回取り上げるパスモアもハミルトンも現役の芸術家であり、それが彼らの教育に深く係わっていたことは間違いない。つまり、彼らの新しいことに対する果敢な興味や関心が教育システムの改革を促すほど魅力に富んだ美術教育を生んだと言うこともできる。そして、研究目的の二つ目は、戦後のイギリスの美術と教育と美術教育の現代化におけるそれぞれの関わり合い、三つ目にはバウハウスの影響は世界的なものであると言われるが果たしてそうなのかどうか、イギリスを事例に考えることである。 論文は三部から構成さ れる。第一部は、「基礎デザイン思考の起源」と題して、ウイリアム・モリスからバウハウスヘ至る道筋を概観しながら、バウハウスの教育方法や内容、特にイッテン、カンディンスキー、クレーの基礎教育及び彼らの教育のイギリス絵画の影響について検討した。戦前のイギリスでのバウハウスの受容は、H.リードの『美術と工業』からの情報程度で、バウハウスやその基礎教育の情報がイギリスヘもたらされたのは実質的には戦後のことであり、他国に較べて非常に遅れていた。彼らの教育内容は主にその著作の翻訳出版という手段によってもたらされたものであり、直接的な接触ではないことが知られる。 第二部では「イギリスの基礎デザイン運動」に関わる基礎的な問題を検討した。はじめに「基礎デザイン運動へのパウハウスヘの影響」(第一章)、続いて「ニューキャッスルの基礎デザイン教育」(第二章)、「ビクター・パスモアの美術と教育」(第三章)、「リチャード・ハミルトンの美術と教育」(第四章)について論じている。特に、芸術家の芸術観がその教育を形成する基礎となることを示すために、パスモアとハミルトンの1960 年代までを中心とした美術活動、及び彼らが受けた美術教育と実施した美術教育を詳細に考察した。パスモアは抽象への転向者として、モダニズムを積極的に推進するカリスマ的な芸術家/教師として、ハミルトンは新しいポップという具象を皮肉っぽく知的に進めていく芸術家/教師として特徴づけられる。抽象とポップという、2人の芸術活動はこの時期のイギリス の新しい美術の一つの典型を示していた。そして、彼らの正反対の性格や活動はお互いをうまく補完し、ニューキャッスルでの教育を成功に導いた大きな要因であったことを明らかにする。 イギリスの基礎デザイン運動へのバウハウスの影響は、直接的なものというよりは「モダニズムのシンボル」として機能した。つまり、バウハウスが先鞭をつけた「造形の基礎教育」という思考はカンディンスキー、クレー、イッテンらの個性が作り上げたと同時に、当時の芸術を含めたモダニズムの教育が達成した一つの道標であった。 第三部では、「基礎デザイン教育の実際」として、リーズ校とニューキャッスル校が協力したスカーバラ・サマースクールの実践とニューキャッスル校の基礎デザイン教育の理念や方法、内容を具体的に検討した。そして、プレトン・ホール・カレッジの美術教育アーカインに保存されているパスモアとハミルトンの練習課題(学生作品の現物、写真など)を、構成教育の特徴である造形要素の観点から分析した。「線の練習」(第二節)、「点の練習」(第三節)、「かたちの練習」(第四節)、「色彩の練習」(第十節)、「分析的描画・絵画・彫刻」(第十三節)などに分類できる練習課題は、バウハウスの基礎教育と似ているが、これらのアイデアはパスモアとハミルトン自身の芸術的な興味関心から生じたものである。これらの練習は分析的な方法を特徴としていたが、その本質は異なったものが混合された時に生じるダイナミズム、及び全体を包み込む「雰囲気」のような捉えがたいものによって展開されたところに特色があった。基礎デザインは、表現主義的な美術教育の持つ魔術的な指導を科学的なものに転換した功績は大きい。しかし、それがどんなにすばらしいものであったとしても、「スタイル」が固定化された時には新たなアカデミズムに陥る。イギリスの基礎デザイン運動は、それに関わった人、そこで行われた内容も多様なことが一つ の特徴である。個人や統一された理念を持つグループの活動ではなく、美術やデザインのモダン化に興味を持ったさまざまな個性によってなされた多様な実験であり、生まれてくる作品は構成主義的、シュルレアリスム的、ポップ/オップ・アート的とバラエティに富んだものであった。基礎コースは、パスモアが定義づけたように、「発展プロセス」であり、シッスルウッドの言葉を借りれば「継続プロセス」であることによってのみ力を持ち続けられるということである。基礎がもつ総合性と運動性は芸術や教育の全体を瞬間的につかみ取るものであり、したがって、基礎デザイン運動は単なる構成主義美術の応用というレベルではなく、いわば反芸術までも範疇に入れた芸術の豊かさすべてを基礎にして展開される必要があることを示している。すなわち、基礎デザイン教育は、その基礎になる美術を常に新しくすることによって、また、それを扱う芸術家/教師の柔軟な態度に大いに依拠しながら、空間・時間を超えてその現代的意義を新たにつくり出すことが可能なことを教えてくれている。続きを見る
目次 目次 序章 第1部 基礎デザイン思考の起源 第1章 美術・デザイン教育のはじまりからバウハウスへ 第2章 バウハウスの基礎教育 第2部 イギリスの基礎デザイン運動 第1章 基礎デザイン運動へのバウハウスの影響 第2章 ニューキャッスルの基礎デザイン教育 第3章 ビクター・パスモアの美術と教育:自然から抽象へ 第4章 リチャード・ハミルトンの美術と教育:ポップという新しい具象 第3部 基礎コースの理念と内容 第1章 基礎コースの理念とカリキュラム 第2章 基礎デザインのコース・カリキュラムと練習課題 終章 批判とまとめ

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登録日 2013.07.10
更新日 2020.10.09

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