ヨミ |
ウラセ ハクウ
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編者 |
花田, 俊典
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スカラベの会
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データベース名 | |
人物詳細 |
1880(明治13)年7月8日、長崎県佐々の生まれ。英文学者・詩人。士族浦瀬忠次郎の長男。本名は浦瀬七太郎。明治40年、東京帝国大学文科大学英文科卒業。柏崎中学校、愛知県立第五中学校教諭を経て、大正11年12月4日、長崎高等商業学校教授となる。13 年3月10日、旧制福岡高等学校教授として着任。東京帝大在学中に、英文科の講師だった夏目漱石から指導を受け、師の序文を付して訳詩集『ウォルヅヲォスの詩』(書梓隆文館、明38・7)を上梓。以後、詩の翻訳を多く手がけ、詩雑誌「日本詩人」(新潮社)に訳詩を発表するなどして、欧米の前衛芸術運動の紹介につとめた。「九州文学」、「ポエチカ」などには自作の詩や随筆を発表。三〇(昭和5)、三一年の二年間は福岡高等学校の文芸部顧問を務めている。浦瀬の人柄は、「縹渺としてこだわらず、ときに講義時間を忘れるほどであったが、風格があり、高校先生らしい最たるものといわれた。一献を酌めばまた楽しく、エピソードの多い人であった」(『あゝ玄海の浪の華│旧制高等学校物語(福岡高校編)』財界評論新社、69・6)と伝えられている。三二(昭和7)年三月三一日付で福高教授を依頼免職し、同年四月六日からは同校の嘱託講師として教壇に立った(42・10まで)。なお、四一(昭和16)年四月の「九州文学」に発表した評論「私の中の私」は、同年の九州文学賞を受賞している。昭和21年12月9日没。〈詩集〉『白日夢』(三笠書房、昭11・1)があり、〈翻訳〉『ウォルヅヲォスの詩』(書梓隆文館、明38・7)ジロゥム『ボートの三人男』(岩波文庫、昭16・7)『現代英米詩選』 【石川巧】
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関連情報 |
レコードID |
441610
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権利情報 |
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登録日 | 2013.08.16 |
更新日 | 2020.10.26 |