<紀要論文>
日本におけるブレスラウ市民ハンケの活動について

作成者
本文言語
出版者
発行日
雑誌名
開始ページ
終了ページ
出版タイプ
アクセス権
概要 オランダ国立文書館での綿密な調査研究により、従来一般に認められてきた17世紀の出島商館医のリストは、いまだ不完全なものであることが判明した。新たに見つかった人物の一人に、1655年から1657年まで日本で波瀾万丈の2年間を送ったドイツ人外科医ハンス・ユリアーン・ハンコがいる。本論文ではさまざまな未公開の資料をもとに、ハンコの活動の全貌を明らかにし、彼を取り巻く主要人物の実像に迫る。各章のテーマは以...下の通りである。 日本におけるヨーロッパ人外科医の地位や状況 ハンコの経歴と東アジアへの渡航 1656年(明暦元年)の江戸参府旅行 「似日本人、南蛮人味方、勿油断 吉利支丹奉行井上筑後守」 江戸での治療活動 長崎への帰途 長崎の儒医学者向井元升への「授業」 出島勤務の延長 長崎の「弟子」波多野玄洞 長崎奉行の猿、犬と、西洋人外科医の誇り 薬草狩と、1657年(明暦2年)の江戸参府のための準備 日本初の義眼とその他の珍品 明暦の大火の地獄図 出島での最後の数ヶ月 離日続きを見る
目次 Barbierchirurgen im 'Thule des Ostens' Meister Hans Erste Reise nach Edo 1656 Reichsinspekteur Inoue: Sieht aus wie ein Japaner, doch Freund der Südbarbaren, unberechenbar Zwei hochgestellte Patienten:Foerino Ouneme” und“Matsendeiro Tossanocamij” Rückreise nach Nagasaki Mukai Mukai Genshô - ein 'hochgelahrter Schüler' Verlängerung des Japanaufenthaltes Hatano Gento,[67] ein 'Schüler' in Nagasaki Auf Affe und Hund gekommen Kräutersuche und Vorbereitungen zur zweiten Edo-Reise Die ersten Glasaugen in Japan und andere Raritäten Im Inferno der brennenden Hofstadt Zurück in Nagasaki Abschied von Japan

本文情報を非表示

052 pdf 2.56 MB 177 Complete Text

詳細

レコードID
査読有無
関連情報
地域
主題
ISSN
NCID
注記
タイプ
時代・年代
登録日 2013.08.07
更新日 2018.08.31

この資料を見た人はこんな資料も見ています