<博士論文>
18世紀後期におけるアジア協会員たちのインド建築観

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概要 インド建築史研究の発端は,英国によるインド植民地政策と密接に関係している。第2次世界大戦後,英国人によるインド建築史研究は,彼らの国力の衰退とインドの独立(1947)によって,いったん下火になった。現在,インド人研究者によって自国の建築史が編纂されつつある。とはいえ,すでに体系化された英国人によるテキストから,そのイデオロギーの部分だけを取り去って,自国の建築史に変換する作業はきわめて難しい。なぜ...なら,英国人が作成したテキストは,現在でも圧倒的な権威を保持しているからである。そして,このイデオロギー的な側面については,以下の4つの問題があげられる。問題1 ファーガソン(James Fergusson,1808-86)以前にかんする研究が,ほとんどないことである。彼による『インドと東洋の建築の歴史』(1876)は,インド建築史研究の基点となっているが,それは,約1世紀にわたる先達研究者たちによる研究の成果でもある。また,18世紀後期のインドにおいて,アジア協会(設立1784,以下「協会」と略記)によるインド建築研究が開始された。同時代の英国において,「インディアン・リバイバル」という,インドの美術と建築の模倣が流行した。にもかかわらず,ファーガソン以前の,植民地時代の英国人によるインド建築観については,これまでほとんど論じられることはなかった。問題2 ファーガソンの自身のインド建築観についてである。彼のインド建築理解は,現在の知識から判断すると,インド建築の真相をとらえたものではない。そこには,「ヘレニズム」という発想や相対主義的な視点が読みとれる。また彼のインド建築理解は,当時の英国人のそれを代表していたのではない。問題3 サイード(Edward W.Said,1935-)のオリエンタリズム論についてである。植民地時代のヨーロッパ人がもつイデオロギー的な部分については,これまで,サイードの理論にある二項対立的な図式がよく引用されてきた。ただし,彼の理論にはアジアの状況が見落とされている。問題4 現在,アジア建築を研究する日本人研究者の考え方についてである。彼らのなかには,植民地時代の英国人によるインド建築観を,ファーガソンのそれに代表させている。それを批判するための論理として,ファーガソンのインド建築観にサイードのオリエンタリズム論をそのままあてはめている。しかし,サイードの理論にはアジアの状況が見落とされている。その結果,彼らは,植民地時代の英国人によるインド建築観にかんする真相をさらに複雑にしている。
それゆえ本研究は,植民地時代の英国人によるインド建築観を明らかにするために,ファーガソン以前の,インド研究の発端の部分にあたる,18世紀後期における協会員たちのインド建築観について考察した。具体的な対象は,協会の会報『アジア研究』誌(第1-20巻,1788-1839)に掲載されたインド建築に関連した論文と,協会員による「インディアン・リバイバル」の建築作品である。
本論の第1章では,18世紀後期の協会におけるインド研究の背景に注目した。そして先行研究をもとに,本研究の着眼点となる,さまざまな分野にわたる起源論的な考え方について考察した。
第2章では,先行研究をもとに,協会が設立されるまでの経緯,協会の制度,協会におけるインド研究の概要,主な協会員たちの経歴について明らかにしつつ,18世紀後期における協会の組織と方向性について考察した。
第3章では,18世紀後期という時期に『アジア研究』誌に掲載されたインド建築に関連した論文として,W・チェンバーズ(William Chambers,-1793)による論文(1784,掲載は第1巻,1788),協会の初代会長W・ジョーンズ(Sir William Jones,1746-94,在任1784-94)による「協会3周年記念講演」(1786,掲載は第1巻,1788),R・ボロー(Reuben Burrow)による論文(第2巻,1790),J・ゴールディンガム(J.Goldingham)による論文(第4巻,1793)をとりあげた。当時のヨーロッパ民族にかんする起源的な考え方に注目しつつ,これらの1講演と3論文から,インド建築に起源にたいする論者の特徴的な視点を抽出した。
第4章では,「インディアン・リバイバル」の建築作品として,協会員が設計し,協会員にささげるために建設された,「メルチェット・パークのヒンドゥー教寺院」(1800)をとりあげた。まず,当時のヨーロッパ民族にかんする起源的な考え方に注目しつつ,ベンガル行政にたいする被献呈者ヘースティングズ(Warren Hastings,1732-1818,協会のパトロン,初代ベンガル総督,在任1774-85)の政治理念を抽出した。つぎに「メルチェット・パークのヒンドゥー教寺院」にある,碑文に表象された被献呈者像を求めた。設計者T・ダニエル(Thomas Daniell,1749-1840,画家)が描いた版画作品とクロード(Claude Le Lorrain,1600-82)が描いた風景画とを比較しつつ,設計者による,インドの風景にたいする審美眼とランドスケープにたいする理念を抽出した。文献資料から,「寺院」にたいする被献呈者の理念を抽出した。そして碑文,建築,庭園にあらわれた,被献呈者と設計者のインド理念を整理した。
結論において,第1章から第4章までの成果を用いて,本研究を総括した。まず,18世紀ヨーロッパとは,言語の起源が最も重要なテーマの一つとして扱われていた時代でもあったが,言語の起源を根拠に,ヨーロッパ民族の起源をインドに求めるという発想もあった。18世紀後半のヨーロッパにおいて,建築の起源がさかんに探究されたが,建築理論家のなかには,建築の起源を言語の起源と関連づけて模索する者たちもいた。また協会は,ヘースティングズが奨励したインド研究を,いわば制度化したものである。協会におけるインド研究は,政治的な必要性から生じていたとはいえ,そこには,協会員たちが抱く古代インドにたいする憧憬があった。18世紀後期の協会におけるインド建築研究は,ディレッタント的でもあったが,インド建築は,当初から協会員たちの関心を集めていたし,『アジア研究』誌に掲載されたインド建築に関連した論文は,この時期に集中していた。そして,彼らのインド建築観には,初期の時代のインドに一種の思想的な世界があり,そこにおける建築が建築の原型ともつながっているという,現在でいう,起源論にも近いパースペクティヴを描くものがあった。また,古代の「アーリア人」にも関連づけられた,古代インド建築のみを理想化するものがあった。そこには,「人類単一起源論」,「ヤペテ語」という言語観,「アーリア理論」という,当時のヨーロッパ民族にかんする起源論的な考え方がある程度ひろまっており,そうした古代観が,彼らのインド建築理解にも適用されていたとも考えられる。
また,コナー(Patrick Conner)は『西洋のオリエント風建築』(1979)において,「インディアン・リバイバル」を定式化した。彼は「インディアン・リバイバル」を,18世紀前半までのロココ的な解釈とも,19世紀以降の折衷主義とも,切り離して考えた。本研究の成果によると,彼の指摘は,あながち誤ったものではないと考えられる。ただし本研究は,彼の指摘に,以下のことを加える。すなわち,18世紀後期の協会員たちのインド建築観には,理想的な古代世界を体現する,あるいは理想的な建築の姿を探求するという文脈において,また,建築の専門家でない人々が興味を引いたという点において,同時代の「グリーク・リバイバル」とも類似するものがあったと考えられる。
そして現在,インド人研究者によって自国の建築史が編纂されつつあるが,既成のテキストにあるイデオロギー的な部分が障壁となっている。このイデオロギー的な部分については,約1世紀にわたる研究の空白域がある。にもかかわらず,植民地時代の英国人によるインド建築観については,これまで,ファーガソンのそれに代表されてきた。また彼のインド建築観には,サイードのオリエンタリズム論にある二項対立的な図式がよく引用されてきた。しかし,18世紀後期の協会員たちによるインド建築観には,ファーガソンのそれにある,相対主義的な考え方とも「ヘレニズム」という発想とも異なるものがあった。協会員たちにとってインドとは,それまでの珍奇なものの対象ではなく,自らの源泉を明らかにするという一つの学問対象でもあり,それゆえに,ヨーロッパとインドとの同質性を重視するものがあったともいえるだろう。彼らのインド建築観には,サイードの理論にある二項対立的な図式とは逆の面が読みとれる。つまり,ファーガソンのインド建築観は,植民地時代の英国人によるそれを代表していたのではないと考えられる。
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目次 目次

第1章 さまざまな起源論的な考え方
第2章 18世紀後期におけるアジア協会の組織と方向性
第3章 「アジア研究」誌にみられる諸概念
第4章 インディアン・リバイバルの建築作品(メルチェット・パークのヒンドゥー教寺院)

図版

本文ファイル

pdf k065-01 pdf 89.2 KB 270 目次
pdf k065-02 pdf 813 KB 165
pdf k065-03 pdf 2.02 MB 152 第1章
pdf k065-04 pdf 1.64 MB 180 第2章
pdf k065-05 pdf 3.23 MB 144 第3章
pdf k065-06 pdf 1.39 MB 149 第4章
pdf k065-07 pdf 434 KB 121
pdf k065-08 pdf 6.75 MB 255 図版

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登録日 2009.08.13
更新日 2020.11.16

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