Abstract |
わが国の刑法犯認知件数は, 戦後増加し続け, 平成14年にピークの約285万件に達した. その後は一転して減少の傾向をたどっているが, 現在も戦後最も認知件数が少なかった昭和40年代の水準を約2割上回った状態であるのも事実である. さらに, 検挙件数や検挙人数, 検挙率は近年減少あるいは低迷傾向にある. このことから, 犯罪者の逮捕や矯正, 罰則の強化といった従来の事後的な対策に加えて, 予防の観...点からの犯罪対策が求められてきている. このような状況から, 都市計画の分野においては, 環境犯罪学, その中でもわが国では「防犯環境設計(Crime Prevention Through Environmental Design, CPTED)」と呼ばれる手法が近年注目されてきた. CPTEDは, 「人間によってつくられる環境の適切な『デザイン』と効率的な『使用』によって, 犯罪に対する不安感と犯罪の減少, そして生活の質の向上を導くことができる. 」という理論に基づき, 「対象物の強化」, 「接近の制御」, 「監視性の強化」, 「領域性の確保」の四つの手法からなる. このCPTED理論に基づき, 現在では建築物や施設の整備・配置, あるいはコミュニティ強化などによる防犯対策が取り入れられ始めている. 一方で犯罪の多くは路上で発生し, 現場へのアクセスや逃走にも道路が使用されるにも関わらず, これまでの道路網設計や交通規制は効率的な交通量の処理や, 交通安全などを目的としているため, 交通と犯罪の関係について交通計画による防犯対策を念頭に置いた議論はあまりなされていない. 道路網設計や交通規制などの交通計画手法は都市の形を決定づけるまちづくりの根幹的かつ強力なツールであることに加え, 路上犯罪の多くはCPTEDの手法がその抑制に有効とされる「機会犯罪」と呼ばれるものであることから, これらによる防犯対策は有効なものになると考える. そこで本研究は, 交通計画手法による路上犯罪の防止効果を検討することを目的とし, 交通計画で制御可能な道路空間の物理的環境要因が路上犯罪の発生に与える影響を定量的に表現するモデルの作成方法を論じ, 結果を示したものである. 本論文の構成は以下のとおりである. 1章『序論』では, 研究の背景, 都市計画・交通計画分野での環境犯罪学や防犯に関する既存研究について述べた上で, 本研究の目的を示し, 最後に論文の構成について説明した. 2章『路上犯罪の傾向と研究手法』では, 本研究で対象とする路上犯罪の傾向について警察による統計データの分析の結果を示し, 路上犯罪の多くが属する「機会犯罪」についての定義と仮説について述べた. ここでは機会犯罪は「ターゲットとの遭遇機会」と「道路周辺の物理的環境要因」によってその実施が左右されるものであることから, この2つを路上犯罪の影響要因として取り扱うことを示した. さらに, モデル化の基本哲学となる社会科学の方法論について説明した. 3章『通学児童を対象とした犯罪・不審行為に対する物理的環境要因の影響の分析とモデル化』では, まず通学路周辺の物理的環境要因, 特に監視性に関するものに着目し, これらの児童対象の犯罪発生・不審者出没への影響について数量化II類分析を行った. 結果として, 物理的環境要因には犯罪・不審行為を誘発しうるものと抑制しうるものがあり, さらにその影響度は要因によって異なることを示した. 続いて, この分析結果を踏まえた上で, 物理的環境要因に加え, 犯行企図者とターゲットである児童の遭遇機会の影響を考慮した犯罪発生・不審者出没を表現するモデルの作成方法を示した. 実際の小学校区で発生したひったくり事例にモデルを適用したところ, 小学校からの距離に応じた任意のエリアごとの犯罪・不審者の発生分布を再現する結果となった. また, モデルの適用の際のパラメータ推定より, 各要因が犯行企図者に与える影響度の違いを表現できた. 4章『路上の物理的環境要因の影響を考慮したひったくり発生のモデル化』では, まずは, 監視性にかかる物理的環境要因である交通量を考慮した住宅地の道路一区画内でのひったくりの発生を表現するモデルの作成方法を示した. モデルを実際の住宅地でのひったくり事例に適用したところ, 道路一区画内でのひったくりの発生地点分布を良好に再現する結果となった. 続いて, 作成したモデルに, 照度の変化およびターゲットの交通量や沿道施設からの監視性, 曲がり角の数といった地区特性に関する物理的環境要因を, 時間変化を考慮しながら導入し, 中心市街地における道路一区画のひったくり発生および地区-時間別のひったくり発生を再現するようなモデルの拡張を試みた. モデルを中心市街地とその中の地区で夜間に発生するひったくり事例に適用したところ, 良好な再現性が得られた. 5章『結論』では, 各章の成果をまとめ, 本研究の結論を述べた.show more
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