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国際競争力の強化と生産の担い手の確保という日本農業の抱える緊急課題に対して, 農水省は「新政策」の中で, 稲作の規模拡大を政策目標として掲げた. 本稿では, その稲作の規模拡大の可能性について農地流動化の観点から計量的に検討することを試みた. そこでまずⅠにおいて, 稲作の規模拡大に関する先行研究の展望を行った. そして, 先行研究を通常の費用分析を利用した研究と生産関数分析を利用した研究に2分した上で, 通常の費用分析を利用した研究の問題として, それが稲作の費用構造を連続関数を利用して統一的に表現しておらず, 操作可能性を有していないということ, したがって様々な政策評価を直接行うことが困難であるということを明らかにした. また, 生産関数分析を利用した研究について, それが, 操作可能性を有しているものの, 規模間の生産技術の異質性による推計されたパラメーターの不安定性の問題と, 価格データの無分散性によるパラメーターの推計の不可能性の問題を解決するまでには至っていないということを指摘した. さらに両研究に関して, それらが異質な地域の統計を利用しており, その統計から得られる生産力の階層間格差は単に差額地代を意味し, 階層性にもとづくものではないということ, そして長期間にわたる動態的分析を行う必要があるということを指摘した. 以上の展望を通じて明らかとなった具体的研究課題は, 以下の4点である. ①生産技術の規模間の異質性に配慮した上で, 操作可能性を有する分析モデルを特定化すること. ②その特定化した分析モデルから大規模借地農形成条件を導出すること.③分析対象地域として土地条件が均等な地域を選定すること. ④長期間にわたる動態的分析を行うこと. これらを踏まえて, 次にⅡにおいて分析モデルの定式化を行った. その際, 第1次的接近として川口・李(1993) の理論モデルを援用した. その理由は, 彼らの理論モデルが上記の課題①の克服を試みたものであるからである. そしてさらに, 定式化された分析モデルから大規模借地農形成条件を導出した. Ⅲにおいては, Ⅱで定式化された分析モデルの推計を行った. 推計にあたっては, 九州地域A県における昭和40年から平成2年産米生産費調査結果を資料として利用した. それは, A県の土地条件が比較的均等であるという理由からである.推計結果は約25年にわたって安定したものであり, 川口・李の理論モデルが, 第1次的接近としては長期的にも妥当性をもつということが明らかとなった. また, 主要な資本装備が同一である農家グループにおいては, 限界所得および限界剰余は規模に関係なく一定であり, しかもその一定した状態は約25年もの長い期間, 継続しているということが明らかとなった. さらに, 大規模借地農形成条件は全計測期間にわたってほぼ成立しているということ, および階層間の生産力格差は徐々にではあるが拡大してきたということが明らかとなった. しかし, 限界所得および限界剰余が規模に関係なく一定であるということ, また, 分散耕地制が依然として克服できないということや, 今後競争原理が稲作に対して導入されるであろうということを考えれば, 中規模層が規模拡大意欲を持ち続ける限り, 農地の集積はむしろ中規模層へと行われる可能性の方が大きい. これまでと同様の状況が続けば, 大規模化へ向けた稲作の規模拡大は今後も困難なものとなるであろう.
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