| ヨミ |
ヒガシ ジュン
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| 編者 |
花田, 俊典
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スカラベの会
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| データベース名 | |
| 人物詳細 |
1903(明治36)年12月2日、山口県大島郡の生まれ。詩人。本名は武男。昭和初期、モダニズム詩運動に参加。門司在住時代は、「海峡詩壇」等に投稿し、また昭和5年5月から7年11月まで個人詩誌「エロ塔」「彼氏」「上層建築」「阿片」「えとせとら」「LE・ETOILE」等を発行。小倉市に転居し、総合芸術団体「汎芸術協会」を組織し、機関誌「亜刺朱」を創刊(昭和11年まで計7冊発行)。第1詩集『あどばるうん』(汎芸術派協会、昭10・6)を上梓した。北園克園と交遊し、昭和10年8月、第1次「VOU」に参加。春山行夫の「新領土」や岩佐東一郎らの「文芸汎論」にも詩作品を発表。第2詩集昭和18年、「北九州詩人協会」を組織。戦争末期は西部軍報道部に白紙徴用となり、原爆投下直後の長崎に命により赴き、レポートを残している。戦後は九州文学同人による出版社「九州書房」に勤務。昭和52年11月16日没。東潤「遠い自画像」(「九州文学」昭51・7)がある。妻(のち離婚)は島本藤子。孔版詩集『生活の歌』(B5二段組25頁)がある。〈詩集〉『あどばるうん』(汎芸術派協会、昭10・6)『霞の海綿』(書物展望社、昭14)『硝子の自治領』(アオイ書房、昭15)『土語』(九州書房、昭21)『円錐花序』(ヴィラ書房、昭35)『抒情あり』(ヴィラ書房、昭37)『深層面接』(梓書院、昭51)山口県産 門司に久しく住み小倉に至る門司に於ては新らしい芸術運動を絶えず試み 之れが足場としての機関誌を種々発刊 偶々築地小劇場に知己ありし為一時新劇運動にも傾きし事ありしが続かず 専ら其後は詩作に方針を固む 以後堀口大学氏につき作品の批評を乞ひ三年間余鞭打たる 其の間佳作は指摘され又は文芸汎論 時世粧 若草等に推薦発表さる 昭和十年同氏の推薦作品等を集めて浜田方一装幀の下にアンソロジイ『あどばるうん』刊行となる。幸にして文芸汎論詩集賞設定第一回推薦の内に入り末席を穢す 其後当時のフオルムに飽足らず急転回 北園克衛岩本修蔵氏等の東京VOUクラブ員となり目下新らしいムウヴマンの渦中にあり 尚文汎の岩佐氏の知遇も得て時々同誌に詩作を発表す 生年月日 明治三十六年生 文学上の主張 自然発生法を避け 技術的方向への進化、知性の稜角に仮設すること 現住所小倉市米町九丁目島本方」(1937年刊『九州詩集3』所載の自筆「略歴」)
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| 関連情報 |
| レコードID |
442179
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| 権利情報 |
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| 登録日 | 2013.08.16 |
| 更新日 | 2020.10.26 |