<図書>
来たるべき時代の教育と教育学のために : 能力開発から能力制御への重点移動
キタルベキ ジダイ ノ キョウイク ト キョウイクガク ノ タメ ニ : ノウリョク カイハツ カラ ノウリョク セイギョ エノ ジュウテン イドウ
責任表示 | 安彦忠彦著 |
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データ種別 | 図書 |
出版情報 | 東京 : 教育出版 , 2022.8 |
本文言語 | 日本語 |
大きさ | xii, 185p ; 19cm |
概要 | 現在を「ポストモダン」と捉える場合、その意味は立場や観点によって様々であるが、教育的観点からは「原子爆弾の登場以後」を指すものと考えるべきである。なぜなら、原子爆弾の出現とその放射能汚染によって、人類のみならず地球上の生命すべてが全滅し得る、歴史上初めての事態を招いたからである。これによって人間は自らの能力を、ただ何でも伸ばせばよいのではなく、人類の生存を危機に陥れる可能性のあるものは制御しなけれ...ならない、という事態が生じたのである。その結果、教育は単に「能力開発」だけを追求するのではなく、「能力制御」をもあわせて追求しなければならなくなったという事態に、人類史上初めて直面する時代に入ったと言える。このことはその後の地球環境問題によって一層顕著になっており、国連も「持続可能な開発目標SDGs」を掲げざるを得なくなっている。これによって「持続可能な社会」のために「新たな教育と教育学」が求められているが、これまでそれを、私たちの子供たちの未来を保障するために、誰も明確に唱えていない。明らかにこれは、人間の歴史的自己認識の甘さを示していると私は考える。続きを見る |
目次 | 第1章 「教育」とは何を指すのか—「教育の本質」は何か 第2章 教育と環境—教育と人的・物的・制度的環境との関係 第3章 「教育の目的」は何か—教育は何のために行うのか 第4章 「教育の領域」にはどんなものがあるか—教育が扱う価値とその軽重をどう見るか 第5章 「教育の内容」は何か—教育は何を教え育てるのか 第6章 「教育の方法」は何か—教育の仕方:直接の指導技術・方法・方略はどうするのか 第7章 「教育の効果」は何か—教育の成果をどう評価するのか 第8章 国の教育行政の在り方—教育課程を中心に 終章 未来に向けての教育の提案—開発型から制御型への「重点移動」 |
所蔵情報
状態 | 巻次 | 所蔵場所 | 請求記号 | 刷年 | 文庫名称 | 資料番号 | コメント | 予約・取寄 | 複写申込 | 自動書庫 |
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中央図 3E | 370.4/A 13 | 2022 |
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110012022080132 |
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書誌詳細
著者標目 | 安彦, 忠彦 (1942-) <アビコ, タダヒコ> |
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件 名 | BSH:教育 NDLSH:教育 |
分 類 | NDC9:370.4 NDC10:370.4 NDLC:FA25 NDC10:370 |
書誌ID | 1001763590 |
ISBN | 9784316805047 |
NCID | BC1691261X |
巻冊次 | ISBN:9784316805047 ; PRICE:本体2000円+税 |
NBN | JP23728407 |
登録日 | 2023.02.10 |
更新日 | 2023.02.10 |