二日市保養所


「昭和二十一年三月中旬、引揚者の大部分は北鮮よりの脱出者であつたが、殊に婦女子が多くその悲惨な姿は見る者をして眼を覆はしめた。これらの婦人の中には、終戦後憐れむべき環境の中で余儀なく汚辱せられ、性病にかかり或は妊娠した者があるにかかはらず、何等の対策施設も考慮せられなかった。/在外同胞援護会救療部は博多港を出港する船舶に対し、船医を送り輸送間の救療に任じておったが、以上の情況を注視し、船医の意見を徴して、早急にこれら患者のために病院を設立すべきであるとの意見を博多引揚援護局に具申し、両者の協力を以て之を開設するに決した。/依つて援護局は福岡県より筑紫郡二日市町にある旧愛国婦人会県支部武蔵温泉保養所を借用し、在外同胞援護会は診察に要する器械衛生材料を提供し、且つ所要の医師・従業員をも配置して、三月二十五日之が開所の運びとなった。」(博多引揚援護局「局史」厚生省引揚援護院、昭22・9)

同保養所は京城帝大医学部関係者が担当。21年4月25日、博多埠頭に婦人相談所を設置。5月15日には埠頭近くの松原寮内に、7月25日には大濠寮内にも設置し、上陸してくる引揚婦人全員に面接を実施して「不法妊娠」および性病罹患者を保護した。ここ以外にも国立福岡療養所・九大附属病院・久留米医専付属病院でも同様の処置・治療を分担した。収容患者は不法妊娠218、正常妊娠87、性病35(淋23・梅12)、其の他45。