清水芳太郎


明治32年6月18日、和歌山県那智勝浦町の生まれ。大正14年、早稲田大学政治経済学部卒業後、三宅雪嶺主宰の雑誌「我観」の編集に従事。この縁から中野正剛が九州日報社を買収したのを機に主筆に迎えられた。昭和5年、清水理化学研究所を設立後、同年秋、九州日報社を退社。9年3月、国家主義思想団体「創生会」を結成。12年から15年まで九州日報社の社長をつとめた。退社直後の昭和16年12月18●13?日、立川から軍用機で福岡に向かう途中、飛騨山中に墜落して死去。享年43歳。