皇太子行啓


「前の年の五月七日、御成人式をおあげになつたばかりの皇太子殿下は未だ二十歳で、この行啓には御学問所総裁の東郷平八郎元帥と浜尾東宮大夫が供奉し、三月二十三日東京発、二十四日神戸から軍艦香取で二十五日錦江湾に入られ、二十六日朝第一歩を鹿児島第一桟橋に印せられた。それから、宮崎(二十七日)、川内—西市来(三十日)、三角—熊本(卅一日)、阿蘇山—三角(四月一日)、長崎—佐世保—佐賀を経て、四日午後四時五分博多駅御着、御泊所の県第一公会堂に至る沿道十町の間は奉迎者で埋つた。五日から七日午後門司港で御召艦に帰られるまで、工業博覧会を始め、九大工学部、黒田別邸、久留米(六日)太宰府、筥崎宮、香椎宮にお成りになつた。」(『西日本新聞社史』)