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高度経済成長によって,わが国の製造業は重化学工業段階の再生産構造を確立した.工業の発展は商業や金融業,運輸通信業,サービス業等の第3次産業の発展を促し,わが国の産業構造・就業構造は先進国型にシフトした.この就業構造の一大変化が短期間に達成された要因は,農業・農村から都市に流出した大量の新規学卒者を中心とする若年労働力の存在であった.この労働力の移動を規定したのは,産業間及び地域間の所得・賃金格差であるが,家庭電気製品等の耐久消費財の生産・普及を核とする大衆消費社会化がそれを促進することになった.都会と,都市的生活様式への憧憬である.この農業・農村からの労働力の激しい流出は,やがて過疎問題を発生させることになる.農業と農家の後継者問題,ひいては農業の担い手問題・労働力不足問題を引き起こすことになる.しかし産業構造の変化は,農業の展開にとってマイナスの側面のみではない.都市人口の著しい増加と賃金水準の上昇による食生活水準の向上によって.農産物需要は量的に増加したばかりでなく,質的な変化も引き起こすことになった.端的には畜産物や果実の需要の増加である.政策的にも需要の増加が見込まれる果樹や畜産等の部門の導入とその規模拡大・専業化がはかられ,急速な普及・拡大がみられた.また工業生産力の向上によって農業生産資材の供給が活発になり,稲作を中心に機械化・化学化が進展した.作業の機械化によって省力化が進展するため,機械化が最も進んだ穀作農業部門においては規模拡大の条件が整ってきた.農業においても高度な機械や技術を導入することによって,大規模経営や高能率経営を実現することが可能になってきたのである.そのような経営を実現するためにとられたのが農業基本法による構造政策であるが,圃場整備や経営近代化のために多額の補助金の投入や融資がなされた.しかし,そのことと農業経営が資本主義的経営に転化することとは別の事柄であった.中小家畜部門のような土地を農地として利用することのない輸入飼料依存型の加工的畜産部門や,農地の広さをさほど必要とせずまた季節性の影響をほとんど受けない施設園芸の,一部を除けば,高度な経営水準を確立した経営といえども農民的家族経営の域を出るものではなかった.また高度成長期の大きな特徴は,都市的生活様式が農村社会に波及してきたことである.特に都市に比べれば若干のタイムラグはあったが,農家への耐久消費財の普及も急速に進んだ.都市的文化はテレビを通じて日々農村に送られるようになった.また自動車は都市以上の普及率を示し,戦前の自転車段階とは隔絶的な輸送力や移動性の向上をもたらした.しかし,生活水準では都市にキャッチアップしながら,家族形態としては直系家族形態が主流であることには変わりはなく,このことが良きにつけ悪しきにつけ農家の存続,とりわけ兼業農家の農地と経営の継承を可能にしてきた.確かに都市的生活は魅力はあったが,過密問題・住宅問題をはじめとするいわゆる都市問題も存在し,都市が永住の地たりえるかどうか疑問もあった.その点では住宅問題はなく,生活環境としても申し分ない兼業農家の位置は決して悪くない.その意味では農村から通勤する兼業農家は,都市の住宅問題にとってはむしろバッファーの役割も果たしたのである.また一方で農村を含む大衆消費社会の確立は,生活費の上昇に伴う追加的な所得を必要とするようになる.と同時に,耐久消費財の普及による家事の機械化・合理化,また少子化・保育制度の確立は,家事や育児時間の縮小をもたし,主婦の余暇時間を増大させ家庭外へ押し出す要因になる.このことは次のライフスタイルの変化を準備することになる.この高度経済成長によって,工業をはじめほとんどの主要な産業は巨大な資本主義的企業群によって担われるようになった.その一方で農業は小商品生産=家族経営によって担われ続けた.しかしこの時期,生産と生活の両面からの激しい商品経済化の波の受け,大多数の家族経営農家が専業的に農業を存続することを困難にされた.この家族経営存続の危機は兼業化=多就業化,即ち小商品生産者プラス賃労働者という2足の草鞋を履くことによって回避された.稲作の機械化・化学化による省力化がこのことを可能にした.その意味でこの時期は自作農体制下で家族経営の小商品生産としての開花と,家族経営としての空洞化という相異なる現象が表出したといってよい.
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