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1.
助成・補助金
Kyushu Univ. Production 九州大学成果文献
Cover image of 前近代東アジアにおける文書とその伝来に関する比較史的研究 — A Comparative Study of the Documents in East Asia before Modern Age
坂上 康俊 ; SAKAUE Yasutoshi
研究期間: 2007-2010
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概要: 公文書の様式の面では、前近代の日本と韓国の両国において、中国、特に唐代の文書様式が継受されていたことを具体的に明らかにし、一方でそれ以後の、特に元の文書様式の特異性を浮かび上がらせた。 ついで公私文書の伝来の面においては、文書そのものに期待された機能に三国簡の違いがあったというわけではなく、やはり中国の1949年の土地改革や、韓国における朝鮮戦争の戦乱に、伝存状況の違いの大きな原因を帰すべきであるという結論になった。ただし、韓国においては、身分が文書の伝存を否定する、具体的には商家の経営文書を、商人身分からの上昇を契機に廃棄するという現象の存在が指摘され、身分制と文書の伝存との連関という新たな研究視角を得ることが出来た。 続きを見る
2.
助成・補助金
Kyushu Univ. Production 九州大学成果文献
Cover image of 李朝時代仏教絵画の調査研究ー在銘作品を中心としてー — Invertigation and Study of Buddhist painting in the Yi
菊竹 淳一 ; KIKUTAKE Jun-ichi
研究期間: 1988-1990
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概要: 李朝時代(1393ー1910)は排仏興儒の政策がとられたために優れた仏教美術作品が少ないといわれてきた。ところが日本国内に残る仏教絵画は200点を越える作品があり、その中の40点ほどの作品には、いつ、だれによって、何のために制作されたかを記した銘文がある。これら在銘作品を調査することにより、李朝時代の仏教絵画の特色を明らかにすることができる。(1)李朝時代の仏教絵画の図像は、高麗時代以来の伝統性が強いものと、李朝時代に入って作られた革新性が強いものとの二つに大別できる。そして、伝統性の強い作品は17世紀初期までに集中して制作され、それ以後、革新性の強い作品がつくられるようになる。(2)銘文からみる限り、李朝時代の仏教絵画は、王室貴族階層、僧侶階層、民衆階層が主体となって制作されたことが知られ、作品に階層性があることがわかる。それは、仏教絵画の制作に当った画家(画員)の身分の相違、使用された素材の違いなどによって区別できる。(3)日本に残る本朝時代の在銘の仏教絵画は、17世紀最初期までに制作された作品が圧倒的に多い。このため、李朝時代初期の仏教絵画研究は、日本においての研究が可能である。(4)今後、本研究により収集された資料をもとにして、数多く存在する銘文をもたぬ作品の美術史的位置づけが可能となる。また、韓国はもとより、アメリカやヨ-ロッパに残る李朝時代の仏教絵画に関する調査研究を行うことにより、李朝時代の仏教絵画の全貌を明らかにする必要がある。それは、14世紀以降の東アジアにおける宗教美術の問題にも結びつくものである。 続きを見る
3.
助成・補助金
Kyushu Univ. Production 九州大学成果文献
Cover image of カトリック教会堂建築の変遷過程に関する実証的研究 — Positivistic Study on the Changing Process of Catholic Churches
前川 道郎 ; MAEKAWA Michio
研究期間: 1985-1986
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概要: 幕末以降のいわゆる洋風建築が西洋建築の影響を直接受けて発展したことは紛れのない事実であるが、その歴史は西洋建築史の概念では律しきれない独自性を示している。とりわけカトリック教会堂建築史は西洋的様式史では説明不可能である。そこで本研究はわが国独自の自律的な発展過程の解釈を実証的に試みたものである。 全国に残存する戦前の遺構数を調べると、長崎大司教区と福岡司教区とで全体の約7割を占めるため、長崎県地方の調査研究に大きな比重を置くことにした。 まず、明治10年代の初期教会堂においては、(1)単層屋根構成,(2)正方形状会堂部,(3)露出した貫,の3点を特徴とし、最も原初的な形態を有する遺構はここに復原を試みた立谷教会堂と言明できる。教会堂建築は大正2年の今村教会堂において完成の域に到達する。昭和初期にはRC造教会堂が出現し、リブ・ヴォールト天井に代って大正期に折上天井が採用され、形態は多様化する。以上のごとく、空間構成と構造との関係から教会堂建築の変遷過程の全容を明らかにした。更に、建築史学の重要な課題の一つである時代区分をも試み、変遷過程を準備・展開・完成・停滞・多様化の5つの時期に区分することを提示した。 また、日本人大工と外国人宣教師との関係について考察し、特に建築に秀でた4人の宣教師が鉄川与助を始めとする日本人大工に直接的に西洋建築技術を伝えたことを、遺構調査によって示した。このような状況は他の居留地においても同様であったと思われるが、とりわけ鉄川は数多くの教会堂を設計・施工しただけでなく教会堂建築を完成に導く重要な役割を果たし、その後も更なる展開を求めて新しい内部空間の創出を試みた。この点において彼を棟梁建築家として位置づけた。 続きを見る
4.
助成・補助金
Kyushu Univ. Production 九州大学成果文献
Cover image of パウル・ティリッヒの建築理念とプロテスタント教会建築論に関する研究 — Study on the Architectural Idea of Paul Thillich and the Theory of Protestant Church Architecture
前川 道郎 ; MAEKAWA Michio
研究期間: 1994-1996
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概要: プロテスタント教会建築論研究の中核的主題として、文化の神学者といわれるパウル・ティリッヒ(1886-1965)の建築論・造形芸術論の全貌を、彼の論文・講演を綿密に精査することによって明らかにすることに努めた。まずティリッヒの文化の神学における基礎概念をきっちりと把握することからはじめて、「宗教と文化の本質的相互帰属の原理」を詳細に跡づけ、「宗教とは、究極的にかかわっていること、究極的にかかわっているという関心をいだくことである」とするティリッヒの実存的態度を詳論した。ついで、自律、他律に対する神律の優位、内容、形式に対する内実の優位を示し、その際、内実Gehaltという用語の英語訳、日本語訳の多様性を整理した。内実は形式を媒介として内容において捉えられ、そして表現される、ということである。そこで、建築を含む造形芸術における主題、形式、様式の三幅対における様式の意味を論じて、様式は内実を個別的形式において表現するのであり、芸術作品においては究極的意味と究極的存在の経験がその様式において表現される、というのである。したがって、通常俗的とよばれている種類の芸術も宗教的でありうるのであって、彼は〈表現主義的〉ないしは〈表現的〉な芸術に宗教芸術の本道をみている。ここで表現主義的・表現的芸術において表現されるのは芸術家の主観性ではない。そこでは事物の表層を突破してリアリティーの深層があらわにされるのである。私は教会堂の空間については詳論するには至っていないが、彼の建築論において最も重要な概念は〈聖なる空虚〉である。プロテスタントの教会堂空間は聖なる空虚でなければならないのである。〈聖化〉と〈誠実〉という宗教芸術の統合すべき二つの原理について、近代建築の特質である誠実をなによりも重んじつつ、宗教的空間の本質である聖化の空間を実現しなければならないのである。私は以上のようなティリッヒの建築論・芸術論を明らかにしつつ、牧師や建築家と議論して建てられた教会堂をも考察しているが、その成果は発表に至っていない。 続きを見る