中世都市博多と日朝関係

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中世都市博多と日朝関係

フォーマット:
助成・補助金
Kyushu Univ. Production 九州大学成果文献
責任表示:
佐伯 弘次(九州大学・文学部・助教授)
本文言語:
日本語
研究期間:
1995
概要(最新報告):
1 第一に、中世都市博多の都市史及び朝鮮貿易に関する研究史を整理した。その結果、中世博多に関する研究史は、第1期=近世(地誌的研究)、第2期=近代(郷土史的研究)、第3期=昭和戦前期〜戦後(対外関係史研究)、第4期=1977年以後(考古学・文献史学を中心とした総合的研究)の4期に大きく分類できることがわかった。特に研究史上は、第3期、第4期に大きな画期があることが判明した。 2 中世博多の貿易商人や領主の朝鮮貿易を検討するために、『李朝実録(朝鮮王朝実録)』『海東諸国紀』等の刊本史料から、関係史料の抽出を行った。さらに「宗家判物写」「九州関係中世文書」等の未刊史料のマイクロフィルム・写真を入手し、博多関係史料の検出を行った。 3 収集した関係史料にもとづき、中世の博多と朝鮮との関係を検討した。特に室町期の代表的博多商人である宗金に関しては、朝鮮・中国との外交・貿易の実態、日本国王足利氏との関係、西日本の諸大名との関係、都市博多における位置等について分析を加え、宗金の都市博多における地位については論文にまとめた。 4 中世博多に関する発掘報告書・考古学的研究を収集し、都市博多の地形の形成過程と朝鮮関係遺物の出土状況を把握した。その結果、古代から中世にかけて、博多の地形は、河川の堆積作用によって絶えず海側(北側)に拡大しているという研究成果を把握し、文献史料に見られる博多息浜の発展もその一環として捉えられることが明らかになった。また、高麗・朝鮮産の陶磁器は旧博多部(博多浜)北部から息浜にかけて多く出土しているという研究成果が出ている。宋代の中国陶磁器は、旧博多部の中南部で集中的に出土しており、博多の都市内部における貿易拠点の移動が推定できる。 続きを見る
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