インド・インドネシア教育交流史の研究ーヴィスヴァバ-ラティとタマン・シスワの関係を軸としてー

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インド・インドネシア教育交流史の研究ーヴィスヴァバ-ラティとタマン・シスワの関係を軸としてー

フォーマット:
助成・補助金
Kyushu Univ. Production 九州大学成果文献
責任表示:
弘中 和彦(九州大学・教育学部附属比研・教授)
本文言語:
日本語
研究期間:
1991
概要(最新報告):
本研究では、それぞれインドとインドネシアを代表する民族教育機関であるヴィスヴァ-ラティとタマンシスワを取り上げ、両者の関係を通して、インドとインドネシアの間に独立前すでに緊密な教育交流が認められることを明らかにした。 ヴィスヴァバ-ラティは、インドの詩聖ラビンドラナ-ト・タゴ-ルが1918年にシャ-ンティニケタ-ンに創設した教育機関であり、真の教育は人の生活を宇宙の全存在と調和させることにあるとする考えのもと、自然、人間環境、国際関係の三要素を重視する点に特色がある。一方のタマンシスワは、インドネシアの教育の父と呼ばれるキ・ハジャル・デワントロが1922年にジョクジャカルタに設立した教育機関であり、ジャワ古来の寄宿塾プサントレンの全人的教育の理念にタゴ-ルの人間理念とモンテッソ-リ、フレ-ベルらの児童中心主義の教育観を組み入れた教育原理をもつ。 1927年にタゴ-ルがタマンシスワを訪問したことが契機となって、ヴィスヴァバ-ラティとタマンシスワの関係は緊密になり、両教育機関の間に留学生の派遣を中心とする教育交流が活発化した。また、タマンシスワにおけるタゴ-ルの教育理念の摂取、ヴィスヴァバ-ラティの採用したインドネシアのバティックやガムラン音楽のインドへの普及など、教育流流は多面的であり、それが両国のその後における教育発展ならびに交流の原動力となっている。 続きを見る
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類似資料:

11.
可能性の大国インドネシア by 矢野, 英基