北部九州弥生人の古人口学的研究

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北部九州弥生人の古人口学的研究

フォーマット:
助成・補助金
Kyushu Univ. Production 九州大学成果文献
責任表示:
中橋 孝博(九州大学・医学部・講師)
本文言語:
日本語
研究期間:
1989
概要(最新報告):
我国の弥生時代以降に起こったとされる急激な人口増加がどういった要因によるものなのか、それは日本人の成立に関する疑問とも結びつく重要課題どあるが、その解明には当時の人々がどの程度の寿命をもって世代交代を重ねていたのかを知ることが不可欠になるので、北部九州から大量に出土している、いわゆる「渡来制弥生人の人骨資料を用いて、まずその寿命の算定を行なった。 1.北部九州特有の甕棺墓から出土した人骨の死亡年齢構成について、近世の人口調査結果や内外の発掘資料との比較の結果、未成人骨の比率が不自然に低く(14.2%)、何等かの補正の必要性が明らかとなった。 2.甕棺墓は人骨の有無に関わらずそのサイズによって成人か未成人かの区別が可能なので、代表的な11の遺跡について、未成人数の比率を求めたところ、弥生中期前半所属の遺跡では殆ど過半数を越えているのに対し、後半になるとややその比率が低下する、時代変化が見られた。 3.その前半期の代表例として人骨遺存の特に良好な福岡市金隈遺跡を、後半期では小郡市の狐塚遺跡を選び、甕棺サイズと実際に埋葬されていた遺骨年齢との検証を行い、さらにこれまで蓄積されてきた内外の人口学的資料を基に、妥当と思われる未成人死亡者の年齢構成を想定した。 4.2,3の結果を組合せて両遺跡の全死亡者年齢構成を算定し、それをまず生命表による方法を用いて各平均寿命を算出したところ、金隈は18.3歳、狐塚は28.3歳との結果を得た。 5.さらにBocquet(1977)らの推定式による方法ではそれぞれ24.5、38.8歳との結果を得たので、両方法の問題点等を考慮のうえ、北部九州弥生人の平均寿命としては、20歳台前半位が妥当との結論に到った。 6.縄文人では小林(1985)によって14.7歳との結果が出されているので、一応、弥生以降の人口増加を可能にする基礎条件は満たされると考える。 続きを見る
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類似資料:

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弥生時代成人用大型甕棺の形態学的研究 by 溝口 孝司; MIZOGUCHI Koji
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生命表の研究 by 水島, 治夫
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