近世より現代に至る来日中国文学者・思想家たちの日本文化受容に関する総合的研究

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近世より現代に至る来日中国文学者・思想家たちの日本文化受容に関する総合的研究

フォーマット:
助成・補助金
Kyushu Univ. Production 九州大学成果文献
タイトル(他言語):
A Comprehensive Study on the Reception of Japanese Culture by Chinese Men of Letters and thinkers who Came to Japan from the Edo Period to the Present Age
責任表示:
秋吉 勝廣(九州大学・言語文化部・教授)
AKIYOSHI Katsuhiro(九州大学・言語文化部・教授)
秋吉 勝広(九州大学・教養部・教授)
本文言語:
日本語
研究期間:
1987-1988
概要(最新報告):
1.この研究によって新たに得られた知見と成果 1987年、1988年度の二年間にわたって研究して来た過程のなかで新たに得られた知見として、次の二点が挙げられる。 (1)秋吉の研究「一九三〇年代日中文学運動の一解明」では、かつて日本留学生であった林林、黄瀛両氏に中国で会い、当時の二国間の文学交流には互いに拮抗する両勢力が厳存していた事実を確認し、「陣千武の詩「信鴿」の『死』および「陣千武の文学への出発期」の両論文によって、かれの文学意識の形成は、日本植民地時期の日本文学の吸収にあったことと、戦後の中国語による文学作品の出発点が、日本軍人の一人として南方作戦に従事していた経験にあったことが明らかになった。同時にその詩の技法は、日本現代詩の影響が確認された。 (2)海老井は「戦時下の台湾文学」で、とくに龍瑛宗に焦点をあて、かれの日本語で書かれた小説が、戦いの進行とともに、次第に枯渇して行く過程を明らかにした。 2.なお調査継続のものとして次のものがある。 (1)佐藤は章太炎の日本に対する意識を調査するために、かれの関係著作の訳出を手掛け、竹村は王国維の京都滞在時期の鈴木虎雄氏との交友を探るために、かれの著作「頤和園詞」の諸本の収集と、注釈に着手した。 (2)福田も「陣元贇・朱舜水と安東省庵」の交友関係を明らかにし、岩佐は蒋光慈の日本滞在中の状況を鋭意に調査した。 3.今後の研究方向 当初予定した研究過程は三年間であったため、二年次でやっと軌道に乗った状況であり、より充実した成果の達成を期している。 続きを見る
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