近代日本病院建築の計画史的研究

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近代日本病院建築の計画史的研究

フォーマット:
助成・補助金
Kyushu Univ. Production 九州大学成果文献
タイトル(他言語):
A Study on the History of Architecture Planning of Hospitals in Japan since 1860's.
責任表示:
青木 正夫(九大・工学部・教授)
Dr. AOKI Masao(九大・工学部・教授)
本文言語:
日本語
研究期間:
1984-1986
概要(最新報告):
明治初旗の病院は官公立病院が主体であったが、次第に一般庶民は開業医にまかされ、官公立病院は中等以上の士民を扱うようになった。特に明治20年の勅令48号により多くの公立病院が廃止されて以降は私立病院が増えつづけ、以後わが国の医療制度は開業医制を柱とすることになった。この傾向は戦戦前もちろん戦後も基本的に変らず欧米先進国と大きく異なる点である。 今年度は従来ほとんど手がつけられなかったこの私立病院(主に医院)を対象として、主に九州、山口地方に残っている病院の現地調査を行った。図面がほとんど保存されていないので実測による平面の採取を行った。それらの平面図より、外来部の〈診療、薬局、待合〉のとり方、外来と入院の関係、病院と住居(院長)との関係等についてその発展型を考察した。外来部は1)診療と薬局の隣接化、2)待合空間の独立化、3)患者と看護婦の動線の分離というのが要因となって平面の発展型を分析することができた。当初の外来部、入院部、住居が一体となった型から互に分離して各々が廊下でつながれる型が最も多くなった。病床数の増大が大きな要因になっている。 明治10年に全国的にコレラが流行し、この時「コレラ病予防法心得」が布達され、明治12年には「伝染病予防心得書」が公布され、避病院の立地条件、構造、設備、看護人等に関する詳しい規定がなされた。この規則は明治30年に「伝染病予防法」が制定されるまで活用された。今回の調査で熊本県での配置の方法を示したものと静岡県下の各郡における実際に建てられた避病院の図面が発見されたが当時の状況を知る貴重な資料である。 精神病院は幕末に起原をもつが、明治8年の京都癲狂院が最初の公立病院とされている。明治13年にローレッツが設計した癲狂室の資料が発見された。明治33年に「精神病者監護法」が制定されたが私宅監禁中心であり、大正8年に初めて精神病院法が公布された。 続きを見る
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