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概要 |
日本における電力業の発達において財閥の影響力が小さかったことは、高村直助が財閥・電力・紡績の3独占体を並置して以来広く知られてきた。高村直助と独占を分析する方法論的な論争を行った橋本寿朗でさえも1)、高村直助の論考を、「「電力独占体」の自立性を捉える点ではすぐれたものである」と評価している2)。電力業の財閥への依存を重視する見解は、若干の例外を除いて支持を集めていない3)。その後、何故に財閥が電力...業に消極的だったのかという論点をめぐって、橋本寿朗らと森川英正によって論争が繰り広げられた。橘川武郎によるサーヴェイによって、論争の全体像もまた広く知られている。本稿では一先ず落着したかに見えるこれら論争に対して、筆者が別に発表した猪苗代水力電気にまつわる実証分析を踏まえながら、新たなファクトファインディングも付け足して、若干の問題提起を行いたいと考えている。まずは論争の紹介から行っておきたい。橋本寿朗は1920年代以降の「財閥のコンツェルン化」を論じる中で、橘川武郎の論文を参考にしつつ4)、三井・三菱・住友・安田が5%以上の株式を所有する電力会社がほとんどないことに言及した。その上で、ほぼ100%出資である住友の土佐吉野川水力電気は新居浜などの付帯事業として、また20%を超えて出資している安田の熊本電気・群馬水電は経営権を握らない公共事業への参加の事例として、それぞれ例外として処理した。そして、安田の事例を「電気事業に必要な専門的知識や技術をもった人材はいなかったから、経営権を握ることに経済合理性はなかったであろう」と推測し、「この事情は三井、三菱にしても同一であったとみられる」と位置付けた5)。これに対して森川英正は、橋本寿朗が述べた「人材がいないと、財閥は(中略) 経営権を握ろうとしないという論理」を「まったく逆である」と批判した。そして、財閥は「経営権を握ることのできない事業に消極的」であり、「参入しない以上、その事業に必要な専門知識や技術を持った人材を求めなかった」という逆の論理を提示したのである6)。森川英正の批判に対して、真正面から反論したのは橘川武郎であった7)。橘川武郎は、経営掌握の困難さが、財閥の電力業(と綿紡績業)への消極的な投資姿勢につながったことを認めつつも、森川英正による「論理がまったく逆である」という指摘は受け入れなかった。橋本寿朗の提示した論理を是認しつつ、財閥に電力業(や綿紡績業)を専門とする人材がいなかった理由としては、「明治期における綿紡績業や電力業の不安定性という論点が、重要になる」と述べ、「電力業の不安定性については、電力・石炭相対価格の割高さや破滅的な競争が発生する可能性などが、その要因となった」とした8)。一見すると分かりづらいが、橘川武郎の提示した論理は、明治期から1920年代へという流れの中で理解する必要がある。要するに、明治期において電力業は綿紡績業と共に競争が激しいという特徴を持っており、財閥としては積極的に進出して行きたくなるような産業ではなく、そのため積極的には電力業を専門とする人材を抱えてはいなかった。だからこそ、いざ電力業が重要な産業となってくる1920年代以降においても、人材が不足していて進出に消極的にならざるを得なかったということになろう。橋本寿朗が1920年代以降の事象を語っていた論理に、経路依存性を加えて論理補強をしたのである。以上のような論争を経て、現在では橋本寿朗―橘川武郎による財閥と電力業との関係の理解が一般的になっていると考えて良いであろう。しかし、橋本寿朗・森川英正・橘川武郎らが論争を行ってきた中で、一つ大きく実証的な確認が欠如している部分が存在する。安田・三井・三菱といった財閥に果たして本当に人材が欠如していたのかという点である。筆者は別稿にて、1915(大正4)年に長距離送電を開始した猪苗代水力電気に関する実証分析を行った。本稿では、その猪苗代水力電気の事例を踏まえつつ、同社に深くかかわった三菱の技術者に関する事例を紹介することで、財閥と電力業との関係性について新たな一面を実証的に付加したいと考えている。本節「はじめに」での研究史整理を受けて、次の第2節では既発表論文に基づいて猪苗代水力電気の設立について概観する。猪苗代水力電気は、福島から関東へと電力供給が行われる切っ掛けとなった事業としても現在注目されているところである9)。その会社設立の概要を踏まえた上で、第3節では立原任、第4節前半では太刀川平治という2人の技術者について紹介すると共に、第4節後半では猪苗代水力電気が東京電灯へ吸収合併されていく様子も確認する。以上を踏まえ、第5節では三菱と財閥との関係性についての整理をすることでまとめとしたい。続きを見る
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