農業活動と環境保全は互いに密接な関係にある. 農業活動が地域の環境を保全していることもあれば, 反対に破壊している場合もある. 古来, 農業活動の中心は食糧生産のために自然の猛威と闘いそれを克服することにあった. その過程でまぎれもなく自然破壊が行われてきたが, しかし一方では美しい田園景観も形成されてきた. それもこれも生活の糧を得るための活動の結果であり, 事の善し悪しはともかくとして, 農業活動は手付かずのままの自然を人間的な自然に作りかえてきた. ところで, 近年欧米では農業活動による環境破壊が声高に叫ばれるようになった. 農業活動による環境の改変が行き過ぎ, 非人間的な自然が生み出されたためである. ここで「非人間的な」というとき, 明確な基準があるわけではないが, たとえば景観の破壊, 野生生物の絶滅, 水や空気の汚染などは非人間的な自然といっても差し支えあるまい. 農業活動の行き過ぎにともなう環境破壊が深刻化し, しかもそれが大きな社会問題となった最初の国は, おそらくイギリスである.そのためイギリスでは現在, 農政当局によって環境保全の対策が採られている(Miller, 1991). 1987年に開始されたESA計画がその代表的な例である. この計画は, 農業活動の変化すなわち集約化により, その存在を脅かされている自然景観, 野生生物, 歴史的遺跡などを保全あるいは改善しようとする政策であり, イギリス農漁業食糧省(MAFF)による最初の本格的な環境保全政策であった. この計画の背景と概要については, 田代(1992)において明らかにした通りである. ところで, ESA計画の最初の5年間は試行期間であり, MAFFはその聞に計画の影響をモニタリングし, 政策効果の評価を行い, その結果を公表することになっていた. 計画は自然環境および社会経済の両面から評価され, その結果が1991年にESAモニタリング・レポートとして刊行された(MAFF, 1991c~.1991g).本稿では, これらのレポートを用いてイギリスESA計画のこれまでの成果を分析するとともに, 現地調査によって得られた資料をもとにESA計画の新たな展開についても論じてみたい. 現在までのところ, MAFFのモニタリング・レポートは, 1987年指定の五つのESAについて1冊ずつ刊行されている. それらをもとに, イングランドにおける第1次ESA計画の参加実績を示すと表1の通りである. 同表によると, 第1次ESAの指定面積は合計約107,000haであり, そこから計画対象外の農地, 林地, 道路, 河川などを差し引いた実質的にESA参加が可能な土地(適格面積)は約80,000haである. この適格面積のうちで, 1990年末までに実際に計画に参加した土地面積は約43,000haであり, その割合(計画参加率)は54%であった. 計画参加率を各ESAごとにみると, Pennine Dales(73%), Broads(89%), West Penwith(84%)では参加率が高く, Somerset Levels & Moors(41%)およびSouth Downs(27%)では低い. 本稿では, これらの中でもとくに, Broads ESAに焦点を当てて, そこにおける計画の成果を分析してみたい. BroadsはESA計画の雛形を提供した地域であり, その意味で最も先駆的なESAといってよい.
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