「叡智」(第2次) 


「昭和21年2月、敗戦後の虚脱と混乱のさなかに、数名の青年たちが、蕗岡市内で集まり、焦土と化した日本文化の再建について、語りあいました。/その多くは二十才台、年長の者でも三十才台の若者はがりで叡智社を興し、綜合文化雑誌「叡智」を創刊することを決意し、5月には早くも創刊号を発刊したのでした。(略)43年9月のある夜、福岡在住の者再び集まり、昭和元禄の太平ムードと、革命前夜を思わせるような学園闘争の混在する世相を眼前にして、ヒューマニズムに基づく人間叡智の必要性を再確認し、「叡智」復刊を誓ったのです。/遂に44年1月、これまでいくたびか会合を重ね、成案を得た旧叡智同人は、「叡智の会」を発足させ、事業再起の母体とすることを決めました。

/ここにおいて同年5月には、資本金三百万円を以て、株式会社叡智社は設立され、ついで10月、仮事務所を福岡市大手門旭栄商事株式会社内に移転し、「叡智サロン」の開設、月刊誌「叡智」発行の企画、増資計画(45・3・31・五百万)等着々と諸般の事業を推進して参りました。/この間、博多駅東口側に建設中の「はかた近代ビル」九階一室(23坪)を四七にて購入し、その竣工を俟って内装工事を施していましたが、本年一月末を以て完成しましたので(社屋購入総資金約七百万円)、ここに事務机をはじめ各種器具を搬入いたし、こころを新たにして、これからの事業の進展に備えている次第でございます。(「叡智まあゆみ」、「鵜位置」復刊第1号、昭45・4)