笠信太郎


明治33年12月11日、福岡市上土居町の生まれ。思想家・ジャーナリスト。父は笠与平(大正14年12月26日没)、母は峯子(大正7年10月8日没)。明治40年、上呉服尋常小学校に入学。大正2年、福岡県立中学修猷館に入学。7年、同校を卒業し、東京高等商業学校に入学。11年、東京高商本科2年をおえ東京商科大学本科1年に入学。13年6月、永田初恵(熊本市)と福岡市内で結婚。14年9月、卒業。大原社会問題研究所勤務をへて昭和11年1月、東京朝日新聞社に入社。同年9月、論説委員。15年、ヨーロッパ特派員として赴任。20年、チューリッヒで日本の敗戦を知る。23年2月、帰国。42年12月4日没。著書に『ものの見方について』(河出書房、昭25・8)『〝花見酒〟の経済』(朝日新聞社、昭37・2)『笠信太郎全集』全8巻(朝日新聞社)江幡清編『回想の笠信太郎』(笠信太郎追悼集刊行会、昭43・11)がある。